暖かいものが唇に触れていた。
頬にかかるものがくすぐったいので、
おそるおそるに目を開いたアエンに、
サファイアが微笑みかけていた。
ルドルフの髪が頬をくすぐり、
今まで触れ合っていた唇は、何か言いたげに動きかけたが、
すぐにまた口付けによって塞がれた。
雪の上に、横たわっていた。寒くはない。
なぜか、腹の辺りがひどく熱かった。
「……ルドルフ……」
何か言おうとしたが、なんと言えばいいのかわからず、
アエンは黙ってルドルフを見つめていた。
ルドルフは、アエンの首筋にぬくもりを探るように顔をうずめて、
そっとその頭を抱きしめた。
「あなたは……何者だったんだ……?」
アエンの問いかけに、ルドルフは小さく首を振り、
そして顔を上げた。
「ファロウは正しかった」
「……?」
「お前を守るためには……お前を生かすためには、
私を殺す必要があった」
ルドルフが何を言っているのか、
アエンには理解できなかったが、ルドルフ自身にも、
アエンには到底理解できるわけがないという、諦めの色があった。
「私はね、アエン。……人々は私を不幸と呼ぶよ。
そしてまた、幸福とも」
「……」
「たしかにそうなのだと思う。
しかし私自身は、ただの虚無の塊なのだよ」
そう言うルドルフの瞳があまりに悲しいので、
アエンは柔らかく抱き寄せた。
頬に冷たい感触がして、また雪が降り始めたと知った。
「もう……いい」
「アエン……?」
「あなたが何者でも、
あなたと過ごした時間は何にも換えられないし、
私は誰よりも幸福だったと、言えるから」
ルドルフが一つうなずく。
アエンは、そっと吐息して、眠気が迫ってくるのを感じた。
寝てしまうわけにはいかないと思ったが、
急速に引きずり込まれるように、眠りに落ちてしまった。
ルドルフは、アエンの腹からナイフを引き抜き、
ゆっくりと立ち上がった。
息絶えたアエンの姿は、あまりにも美しく、
血の紅は、どこまでも穢れなく、
ああ、まるでお前そのものだと、ルドルフは目を細めた。
夜着を羽織っただけの体に、雪が降る。
ルドルフは、ナイフを握り締めたまま、
一歩、また一歩と歩みだしていた。
不意に振り返り、見上げた先の窓に幻を見る。
いや、どちらが幻なのかはわからない。
ルドルフは、窓の向こうからこちらを見ているアエンに微笑みかけ、
おもむろに手にしたナイフで、首筋を掻き切った。
鮮血が噴出し、純白の雪を染めていくのを、
ただ衰弱した太陽が見守っていた。
おわり
2004/11/12 Asami Kamio
(2006年2月22日発行 個人誌より転載)
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